[書評]シンメトリーの地図帳 (マーカス・デュ・ソートイ)
最近とても素晴らしい数学啓蒙書の出版が続いているが、本書もその一つ。
シンメトリーとは「対称性」のことで、本書では物体などに潜んでいる規則について色々なエピソードが書いてある。
この対称性は、例えば回転しても同じ図形に戻ることや鏡に映っても同じ図形も戻る、といった単純なことを連想されるが、数学的にはもっと抽象的で、「群論」と呼ばれる世界の話になる。
本書は群論の歴史と群論の応用例を簡単に紹介している。といっても、本書はとても充実しており、群論をある程度知っている人でも知らないエピソードがたくさん含まれている。数学、情報、物理、化学などを専攻して群論を相当知っている人も、わくわくする話がぞろぞろ出てくる。
そもそも、群論は方程式の特徴を見出すために生まれた分野だ。中学校のときに、2次方程式の解の公式を習ったことがあるだろう。実は3次方程式、4次方程式にも解の公式がある。ところが、色々な数学者が研究しても5次方程式の解の公式は見出せない。そこで登場したのが、天才数学者アーベルとガロアである。彼らは5次方程式の一般的な解の公式は「ない」ことを発見した。方程式の解にはそれぞれ「ある」規則性がある。その規則性をきっちり計算すると方程式が代数的に解けるかどうかが判明するというわけである。これが群論の始まりである。
群論が対象する「群」自体は本当に単純な規則しかない。群の定理はここでは書かないが、整数の足し算や掛け算という演算を抽象的にしたものだ。しかしながら、その群は数学の世界だけでなく、色々なところに応用されている。例えば物理や化学では群論はもはや必要不可欠なツールだ。それは「対称性」というカギを使って、物理的、化学的な「隠れた」特徴を晒すことができるからだ。また各種モデルを単純化することも可能だ。
ところで、群論というかシンメトリーは芸術の世界にも応用されている。例えば本書で度々引用されているのがエッシャーの絵である。この絵と対称性との関係、更には「最先端の科学者に」(!)多大な影響を与えているというエピソードは非常にぞくぞくする部分だ。音楽の世界に至ってはフーガに代表されるポリフォニー音楽が対象性を徹底的に活用している。バッハのカノン、12音音楽、そして現代音楽好きには有名な群論を作曲に応用したクセナキスの話が登場する。
後半は有限群と呼ばれる群論の最新動向の話である。具体的に言うと有限群の中でもとても位数(群に含まれる要素の数)が多いモンスターというわれる特殊な群の構造を追い詰める話である。数学者が彼らの栄誉のために、必死になって「超巨大な次元の対称性」を表現するモンスター群を発見する話は手に汗を握る話である。この手の巨大な有限群の話は群論の教科書でもなかなか目にすることもないため、私にとって斬新で興味深い話であった。。そして、世界中の数学者の叡智が結集することで、彼らは有限群のパターンを全て洗い出すことに成功したのである、いや成功したと宣言したと書いた方が正確なのかもしれない。なぜならは、その証明には膨大なページ数が必要であり、証明の内容を理解した人はほんの一握りと言われているのだから、
先ほど書いたように群論の概念自体はとても簡単な話である。しかしそれから多くの現象が記述される共に群論自体がとても豊潤な世界であることを本書は教えてくれる。数学が好きな人は特にお勧めだ。
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