[物理]電子軌道秩序
このBlogを読んでいる人は、P2Pネタが多いということで、私が情報系出身だと思う人がいるが、実は大学・大学院ともに物理学専攻だった。私がやっていたのは理論物性物理学で磁性体に対する研究をしていた。
情報の世界に入ってもやっぱり物理の世界は気になるもので、新宿の紀伊国屋に行くと物理や数学のコーナーに足を運んでしまう。私のように、大学時代の専攻の本や雑誌を、未だにチェックしている人も少なくないのかもしれない。
(このごろは量子力学における位相や対称性に興味を持っていたりする。そんな時間があったら仕事に結びつく情報の資格勉強をした方がイイかもって?笑)
ところで、私の卒論、修論は遷移酸化物の軌道秩序状態であった。これは何を意味しているちょっと説明しよう。
例えば鉄は磁石になることができる。磁石になるということは、実は電子の「スピン」というもの(電子の自転だと考えてください。)が一定方向に向いている事を指しています。このようにスピンに秩序があると、いろいろと面白い現象が現われます。
ところで、どうしてスピンは秩序状態になるのだろうか?それは隣の原子に電子が移動する(これをホッピングと呼ぶ)とエネルギーが下がることや、電子間の反発力(クーロン反発力)によってエネルギーが上昇することが考えられる。一番スピン状態を簡単に表わすのが、イジングモデルやハイゼンベルグモデルと呼ぶものだ。
さて、鉄やマンガンなどに含まれるd電子軌道のように同じエネルギーの電子軌道が複数ある場合(これを縮退していると呼ぶ)、もっと面白い現象が起きる場合がある。それは、電子のスピンだけでなく、電子軌道も一定の秩序があることがわかったのだ。これを軌道秩序状態と呼び、理論的に解明した有名なモデルがKugel-Khomskiiモデルと呼ばれている。このモデルでは電子軌道があたかも新たな電子スピンのように振舞うので、電子軌道を「擬スピン」で表わすと呼ばれることもある。
大学4年のときにはKugel-Khomskiiモデルを古典的モンテカルロシュミレーションで相図を完成させた。相図とは、温度などのパラメーターによってどのように物質の状態が変わるかを示した物だ。例えば、1気圧で0度より上だと水で、それ以下だと氷になるというように。これは教授と研究生との共著の論文で発表した。
修士の時にはKugel-Khomsikiモデルで励起状態について研究していた。スピンだと「スピン波」と呼ばれる現象があって、スピンの向きが少しずつ傾いて全体的にエネルギーが小さくて励起することがわかっている。軌道秩序状態では、軌道が擬スピンで現われるため、擬スピンもスピン波のように、なんらかの励起状態が考えられるだろうということで計算を行った。(これを軌道波と呼ぶことがある。)最初は解析的に出来るかと思い、大きな行列の計算をいろいろしていたが、最終的には数値計算で求めた。軌道波はスピン波と違い、ほぼ孤立的な波であった。
さて、その時に時間がなくてできなかったのと、理解不足でできなかったのがKugel-Khomskiiモデルに量子効果を取り入れてシミュレーションしたらどうなるかということだった。これは量子モンテカルロ法を使えば可能だ。それ以来、量子モンテカルロ法の分かりやすい文献を探していたのだが、丁度良い本があったので早速購入した。
これは古典モンテカルロから量子モンテカルロまで幅広く記述して非常に素晴らしい。また磁性体物理に関するトピックもまとめてある。研究時代にこういう本があったら研究テーマが変わっていたかもしれない。。
たまにはプログラミングしたいので、HPでJavaを使ったイジングモデルなどの物理シミュレーションプログラムを載せるかもしれない。後はちょっと余裕ができたら、日曜物理学者ということで、きちんとKugel-Khomskiiモデルの量子モンテカルロ計算にチャレンジしてみたいと思う。
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コメント
おお。予想外に大物の名前が。。。斯波先生の固体の電子論にはお世話になっております。
管理人さんのことは全く何も知らずに書き込んだのですが、察するに著名な方みたいですね。
いきなりの質問に丁寧な回答ありがとうございました。参考にさせていただきます。
投稿: amatuki | 2011.06.30 23:09
コメントありがとうございました。やはり軌道秩序状態の古典的論文の「Kugel-Khomsiki」から入ったほうが良いと思います。椎名さんと斯波先生と私の共著論文(英語)も参考になるかと思います。
またスピン波の概念が有効なので、芳田先生の名著「磁性」は全て読んでおくと後がラクです。
投稿: Tomo | 2011.06.25 09:25
突然のコメント失礼します。
当方、できの悪い大学院生です。
現在、軌道波について勉強しようとしていますがどこから始めればよいか分からず悩んでおります。
軌道波についてわかりやすい、参考書や論文がありましたら是非教えて下さい。よろしくお願いします。
投稿: amatuki | 2011.06.04 00:39